「裁判長は朴に対し検事の言ふたことに意見があるかと問ひしに朴は俺達の宣言を朗読す(俺達の宣言は「ニヒリズム」の説明に付省略)」と前出「東宮職特警発第四十六號」に坂口特別警衛係長による報告が記載されている。三月二日付。
『俺達の宣言』は一九二五年に朴烈本人から予審判事に提示されている。
前年の治安警察法の予審の内容は以下の通りである。
一九二五年五月二日、第十六回予審訊問で予審判事より爆発物取締罰則と刑法七三条で調べていくという確認がされている。
続けて翌日の五月三日、第十七回予審訊問で「爆弾投擲時期」に関して訊問がなされる。
それに対して朴烈は「爆取罰則や刑法七三条はどうでもいい」と応答し
「『陰謀論」『一不逞人より日本の権力者階級に与ふ』『俺の宣言』『働かずしてどしどし喰ひ倒す論』を持って来た。…君読んで見ると宜い」と獄中で執筆した論文を提出している。
しかし、その「論文」を予審判事は押収してしまう。
宣言
公判記録に掲載されている『俺の宣言』から内容を部分引用する。
朴烈は歴史書や哲学書を読み解釈している。
人類を「生命慾の塊であり、最も醜悪にして愚劣なる優越慾の塊である。……」と規定し「次に──俺の所謂正義とは言ふまでもなく人類相互の生存権の尊重共存共栄である──」として正義とは生存権の確立であると主張。
続けて「…満州の野原に屍の山を築いた大悪人共を却つてより偉大なる主権者として、此れを壮麗なる記念碑や、神社にまで納めて以つて、崇拝して喜んで居るのである」
ここに朴烈は東北アジア侵略と虐殺の根源に天皇が存在し、それを神としている日本の権力者を批判しているのである。
差別
「又日本民族の権力者階級に依つて制服されて居る朝鮮民族は、一面日本民族の権力者階級の暴戻に対して少なからざる不満を抱いて居りながら、他面自己民族内に於ける所謂白丁部落に対しては、極めて悪辣なる圧制者である」
日本帝国によって征服されている朝鮮の人々の中にも「白丁」への差別があり圧制者となっている現実を指摘し、
「然し俺は、野蛮人の中に美しい真の相愛互助共存共栄の事実を見出す事が出来るだらうか? 人類学 大杉栄の言葉を思へ、『社会は……制服に始まつたのである』」、「ダアヰン、マルサス人口論、ダアヰンの進化論批判、レエルモントフの美はしい句を思ふ。シヨペンハウエル、ホツブス、スチルネル、フアブル、ルツソオ……」と相互扶助の精神を語り大杉栄の論文から一文をひき、西欧の論者の批判、評価を連ねていく。
破戒
「滅ぼせ! 総べてのものを滅ぼせ火を付けろ! 爆弾を飛ばせ!毒を振り撒け! キロチンを設けよ! 政府に、議会に、監獄に、工場に、人間の市に、寺院に、教会に、学校に、町に、村に。斯うして総べてのものを滅ぼすんだ。赤い血を以つて最も醜悪にして愚劣なる人類に依つて汚されたる世界を洗ひ清めるんだ。」と現社会の解体を宣言する。
虚無
「さうして俺自身も死んで行くのだ。其処に真の自由があり、平等があり、平和があるんだ。真に善美なる虚無の世界があるんだ。
嗚呼最も醜悪にして愚劣なる総べての人類よ! 有ゆる罪悪の源泉! 何うか願はくば汝等自身の滅亡の為めに幸あれ、虚無の為めに祝福あれ!」
末尾に一九二四年一二月三〇日の執筆日付がある。
法廷
坂口の報告は続く。「次いで公訴事実を肯定して訊問に入る」
裁判長は朴烈に爆弾入手を依頼した複数の件で質問を続け、朴烈の思想に関して定義付けを進める。
「次に思想は民族主義より社会主義に夫れより無政府主義に夫れより人生の醜悪を感じて一切の生物の存在を否定する虚無思想になれることを訊し」
「次に思想変遷の理は性格と圧迫に依ることを訊し」
「次て皇室に危害を加ふることは虚無思想の実現なりやを訊しを朴は全部之れを肯定して正午休憩」。
朴烈は裁判長の意図的な質問に対し天皇打倒の意志を大審院の法廷で明確にする目的をもって肯定していく。
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